対向車線のヘッドライトが網膜を攻撃する。
目を細めてあなたの顔を伺えば丁度あなたもこっちを見た。
「余所見しないでよ」
そのあとの、あなたの小さな謝罪は耳に入らなかった。あたしはあなたのあたしを見る目を見てしまった。
車外の気温は14度。道の向こうの暗闇には幾億の光がちらばっている。あのどれが昨日のあたしたちだろう。あたしさえ生きているすべての人間のうちの一人。拡散する意識を絡め取るカーステレオはあなたによく似合う異邦の音楽を流す。自然微笑む。
次々と繰り出されるオレンジ色の中にあなたと二人でいる可笑しさ。
手を伸ばせば届いてしまうから進んで伸ばすこともないように思われる、けどあたしは今そんなので満足するのは避けたいの。これは旅情とまた別にあたしが持っている気持ち。終わらない高速道路を、今は望んでいない。あなたの腕をハンドルから引き剥がす願望は心から。運転席ばかりかわいがっていては、あたしだって腹が立つ。早く車を止めてよ。
あなたもまた、あたしのあなたを見る目を見てしまった。
あたしには今しかない。あなただってずっと知ってる。あなたがここにいる今しかいらない。
キスしてほしいと思っている。
あなたが少しも煩わしい表情をしないのをいいことに調子に乗っている、わけじゃない。
あたしに欲情しているでしょう。
今日のあたしは疑わない。
三桁に達する時速の中で、あなたは片方の手をあたしの手に添えた。煩わしいカーブが直線に変わる。姦しいライトが現れては消える。東京・静岡と書かれた看板が流れて行く。防音フェンスが途切れた。
「次の出口、どこ?」
あたしが物を考え始める前に緑の看板が答えを掲示した。あなたもそれを見逃してなどいないだろうけど、どんな一瞬の心拍の高鳴りも惜しみたくないから、擦り切る頭に焼き付けていたいから、死ぬまで生きていたいから、あたしは敢えて声に出す。
「名古屋インター」
車線を変更するとあなたは俄然アクセルを踏みしめ、あたしの目には暗い道に煌めくネオンとベッドが立ち現れた。指先で小銭をもてあそびつつ、タイミングは掴めないでいる。
あたしには抜け出せない深淵まで、このまま連れて行って欲しいよ。
星の沈黙
あたしは席に着くなり口を開いた。
「遅い」
「ごめんごめん。や、友達が離してくれなくて」
じっと考える素振りのあたしに気づくと言い訳を並べ立てるあなたがいとしくて思わず笑ってしまう。
言葉を重ねることは互いの膜を擦り合わせることで、あたしたちは決して心底を束ねない。拍動を同じくしない。それができないから、今ここであなたの淀んだ眼に酩酊できる。
「それで、」
あなたの目があたしの好みの意地悪い形に伏せられる。
「きみは彼をどうするの?」
「従わせたい」
愛されたいと言うわけにはいかなかった。
心からの気持ちでもそれはあなたと居るのに都合悪い。あくまでもあなたが横にいることで初めて事をなす決心がつくのだ。
いつの間にか重ねられた手のうそ温さを感じて、この人に縋りつきたいなどと遠くの方で思った。
弱いあたしは、厭うかしら。
「そろそろ、実行するんだっけね」
「そうだ。日程の変更はもう、ない」
成る程と首を捻るとあなたはそっぽを向いて窓の向こうを透かし見た。
「旅行、」
あなたは一度口を塞いであたしを一瞥した。
「京都とか好きかい」
「好きだ」
あたしは即答した。
あなたと居れるならどこへでも行くつもり。下心がばれても構わない。
どうだこれはまるで恋人のようではないか。あたしはそんなふうにあなたと美しい時間だけをずっとずっとずっと過ごしていたいのよ何回何十回何百回じゃあ足りないの。今世もあなたは飽きなかった。ほらまた巡り会って見つめ合う。全部計算通り。
あなたはあたしから目を離してさも嬉しそうに笑った。
あたしも、計算するまでもない永遠が嬉しくてたまらなかった。
星の清祥
今のあたしたちには、星の瞬きすら届かない。
蝉の声が遠ざかり空が赤く染まるとノスタルジーがあたしを叩きのめしたから、茫然と崩れるあたしの前にあなたは再び現れた。
あなたの胸ですすり泣けば赤い光を見ないで済んだし、肌を合わせてむせび泣けば今の自分から逃げることができた。
あなたは益々生気に満ち、瞳の色も鮮やかに笑顔を艶めかせる。被害妄想に浸るあたしをサディスティックな爪で暴き立てた。
最後の夜のあなたは違った。
確かめるような手つきに全身の毛細血管を見出されて、乱雑に擦れる粘膜に神経を濡らされて、あたしは海の底でクロールした。グロスを注いだピストンはシーツに波を生み出しながらあたしの記憶をコマ送りにする。いつも通りなのに、あなたは目を閉じて執拗に爪を立てたがった。
痛みに指先を狂わせつ舌を痺れさせながらあたしはあなたの目を開けようと躍起になった。
ロールシャッハの飛沫が視界を占領する前に、あなたの目を覗きたかった。最後あなたは望みに応えて目を開けた。
冷ややかに立ち昇る灰色の黴の熱気があたしを打ち落とす。その目ほどの色身をあたしは知らない。互いにどのような姿にあってもその目だけがあたしを沛雨にさらすのだ。
弟を導くあたしなら、明日あなたを凌ぐ永劫の弟が死んだあたしを見つけ出す。これからは盤石な立場で確実にあなたと会える。幾度も出会える。ずっとその眼を見つめていられる。
舞い上がっていたあたしはあなたに一番の笑みを見せた。そこに計算はない。
あなたもこれまでと全く変わらぬほほえみをしていた。
だからあたしもほほえみを絶やさないで夜明けを迎えたの。
「彼、キミを選んだんだよね」
肉色の、朝、あなたはあたしの背を押した。
「さようなら」
元よりあなたに計算など通ずるわけもない。
星の鶏鳴
ラブホとチャラ男は似合う。ナゴヤとナオヤはにている。チャラ男と恋をしているつもりのナオヤさん。計算ずくの無我夢中。やんでるナオヤさん。(頭が)とんでるナオヤさん。あきらめチャラ男。色々詰めた。
とりあえず名古屋インターは笑うところです。
チャラ男は恋に疲れたんだよ。
時列は2、1、3の順番ですねサーセン
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