「どうしてそんな顔をするの」
愛しているとか軽薄な言葉を囁かれるほどに自分の何かが冷え冷えとしていくのを直哉は淡い笑みで流した。愛していれば何なのかが解らないのだ。そんなのを欲したことはないと憤る気持ちすらあった。もっとも彼の欲しいものが本当に手に入ったことは、ないのだけど。
「ボクはきみに力を貸すから」
小さく息を吸って、ロキは先程とまるきり同じことを言った。
「代わりにきみが欲しいのさ。きみの肌から意思まで全部が必要なんだよ」
「また下らぬ独占欲を」
夢から覚めたような目をして直哉は言い返した。
ロキはその眼差しを受けて取り繕うばかりに首を振り、望みすべて潰えたような表情をしてみせた。
「ちがう、ちがうよ。本当からきみの全部がいとしいからいつくしみたいだけなんだよ」
「口上はいい」
わざとらしい言動に一層しらけたふうになりながらその奥に悲しみの滲んでしまう眼は睫毛で隠しても、身を切る思いが首の辺りを這いずり回る心地は、衣服を握り震えを押し隠す指では潰せなかった。
いまロキが言う沢山を期待していたのではなくて、ただいつでも側で寂しさを打ち消してくれる手を求めていて、こんな間違い裏切りでもなんでもないと思えど思い切れない。
ロキは直哉を確かに打ちのめしたのだ。
「じゃあ、きみがぼくに期待することはなんでもしてあげよう」
目許に影を作りはしたが取り乱す様子のない直哉に、ロキの方も負けじと崩れ落ちそうでありながら完璧な計算で仕立て上げた気丈な笑みをどうにか保った。
「それでもボクの言うことを信じちゃくれないのかい」
直哉はその当たり眼で憎らしき軽薄を崩さぬ男をねめつけた。
晒された眼の揺らめきに気付けどロキには何も言えない。互いの思いを知り合いなどすれば薄弱な外皮は剥がれ落ちてしまう。そうなれば互いに逃げることはできない。同じ方向へ進む道すら暗闇なのに。
直哉は訳知れぬ涙の出づるに気を留めることなく叫ぶようにただただ目前を見詰め続けた。
否定も肯定も面倒で回りくどくまた言葉など嘘臭く不明瞭なものにこの激情を任せたくなくて、もう思考を放棄することが目前の男の望むように自らを委ねきることと思おうと、身を捕らう迷いすべてを投げ出す素振りで自ら羽織を脱ぎ捨てた。
八度七分
PR