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2025/04/22  [PR]
 

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うずくまった人間の容易く折れてしまいそうな手首をこじ開けると、呆然と頬を濡らした白い顔が晒された。
愛しさと加虐心との入り混じった心地で男は直哉からシーツを剥ぎ取り床に向かって蹴り飛ばすと、そのまま両腕を押し潰すような格好で馬乗りになった。タイを解き、折らせた足をベッドの脚部に縛り付けているうちに赤い目は輪郭を帯びたが冷徹な眼差しとぶつかるや新たな涙を溢れさせた。
「どうして、」
頬を引き裂く黒い指先から目を背けた直哉はただ悲しく理解しがたいが訳を知っているような表情でその細い顎を震わせた。
恐怖の戦慄きも、白い躯体を冷然と見下ろす男には通じない。
「勿論ボクは魔王様を愛しているしキミが大好きだよ。だから魔王様にはボクだけでいいし、キミを奪いたいんだよね」
例によって直哉は息を吸うのと同じにその言葉を扱おうとしたけれどできなかった。
愛していると言い切れる男が眩しかった。自分の後ろめたさが浮き彫りにされたから。正しく悲しむ気持ちは無視した。
「キミはボクが魔王様の従順な配下だとでも思っていたわけ?」
男の目の帯びた光が、僅かに撓む。
「それに、キミだって、」
後ろ暗い気持ちは直哉に抵抗を許さなかった。



夏の空が落ちていく



「ナオヤがこの上生きていることが煩いんだよ」
「そうか、」
別に愛されたいんじゃなくて一度所有してみたいだけだからそんな言葉に傷つくことはないし、弟の彼はそれを仄かに感じていて言葉を棘にするのだからそれも知っていれば気は楽である。
と言うのも実は言い過ぎで、すべて知ったかぶりをしているにすぎない。
つと動いた直哉の手に、捕まるまいとばかりに外套を翻した魔王の見覚えのないシルエットに眩暈を覚えて、ひたすら黒い外套に僅か触れた薬指がひどく痛かった。
「ごめん。人を、待たせてるんだ」
扉を閉める音が耳を占めた。
直哉の知っている彼は逃避のために謝ることなどしなかった。愛を勝ち得てきたおまえの傲慢なひたむきさはどこへやったというのか。すべてを与えられたおまえの緩慢なやさしさはどこで取り落としたというのか。そして自分のほか何を優先するのか。彼と隔たってしまった今の直哉にはそれを訊くこともできない。
憤りをぶつける先はないし憤りをぶつける筋合いもない。
宛てもなしに妄想をこねくり回して足を解き放ち辿り着いたのがこの部屋で、煙草のにおいに酔うて流した涙を拭いに突っ伏したベッドのスプリングがやがて彼の男を呼んだのだ。
(所有したいのにそれがかなわないから弟を傷つけようとしてしくじるし所有したいのにそれがかなわないから誰かに捕まったりする。俺が何時我が侭を言ったのだ。)
また言い訳をしているにすぎない。なにより慰みが必要だった。

深い闇の底に細い喉をひきつらせた。
押し潰す恐ろしい影が動くのに合わせて声を上げることしかできない自分の体がそこにあって、直哉は再び目が眩んだ。全く戻れないのだ。
裂けるような痛みは最早遠く、彼の苦痛を軽減するためならばと伸ばした腕も今は意識をここに留めおく一条の手段。
花弁をもいでいく手付きはうそ寒く、厚い皮の心底には到底届かない。花心をなめつくす指先は脳髄に偏執の色を描き出す。
すべて直哉をいたくかなしくさせた。
男は動きをとめない。同じ灰色の目をしている。されど分かり合うこともない。分かりたくもない。同じものを欲していた。
「キミ、寂しいんでしょう」
逃げることも感じることも避けたのにはそれなりの理由があったのではあるが、今は定かでなかった。最早そんなもの問題ではない。目を逸らす素振りもおざなりに腰の力を抜く。
酔う厭うの戦略はたてられないで涙を止めようとも思わなかった。
彼の気持ちもまた自分に向いていないと知っていて、今、そのかりそめの筋組織の収縮にのみ心を預けている。

















タイトル→星葬さま

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