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2025/04/20  [PR]
 

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人修羅とウリエル/悪魔ENDグロ

終りに於て


あなたが獣をあらかた退けた頃、女が血だまりになっているのに気づいた。彼女は最初からあなたの隣に居、しかして血だまりも同じところにあった。獣らのように暴れまわった痕跡も損傷の激しい食べかすもなく、決定的な死の余韻を残して、静かに砂混じりのアスファルトの上に溜まっていた。「リリス」と呟くと水面が揺らいだ気がした。
こちらに近づく赤い影がある、あなただ。かと思うや路地裏に向かって跳ね、一瞬消え、獣の喉笛をくわえ引き摺ってきた。私の目前に獲物を投げたので、私はその背骨を蹴り砕いてから汚れた鼻面を踏みつけた。するとあなたはソファー代わりといった風に、獣の黄色い背に体を預け碧いたてがみに頭をうずめ、体の力が抜けると縞の指で私を手招きした。剣で鼻面と地面とを縫い止めてから私はその獣の胴体に身を寄せるようにしてあなたに頭を垂れた。
それから血まみれの手に捕まった。
「おまえもおいしそう」
燦爛と光る眼の焦点がぴたりと定まり頬を掴んだ鋭い手は生温い液を帯び開いた口唇に収まる歯と舌は一層赤く、悪魔は残酷な犬歯をちらつかせ赤い霧を吐く。
背筋を突かれた羽虫を無惨に引き裂くような、乾いた花を無情にも握り潰すような、私に最期を与えるだろうその手の冷たさ。全体に赤い飛沫を浴びた蒼白い顔。どこから見ても美しいのに、死の戦慄を与える体の曲線。
おもむろに口唇が沿わされると、頬に熱いものが滲みた。あなたの舌は獲物の味を伺うように私の顔を蹂躙した。そのうちに手が首に絡まり一切の身動きが許されなくなると、ちらと歯が当たるたび気が遠のく。
やがてあなたが長く口を当てていた左の頬に変化が訪れた。何かが陥没し、睫に装飾されたあなたの黄の眼が間近で細まると、血と一緒に、言い知れぬ感情が体の奥から溢れ出した。
それは一瞬の痛みで、あなたはすぐに力を緩めて左頬の傷口を吸い顔中の誰のものとも知れぬ血液を丁寧に舐めとった。睫毛についた一滴も眼球ごと舐めてくれたし、染み付いた色は何度でも拭ってくれたけど、今はその牙を敬遠する気持ちはなかった。どころかやにわに熱い息や首の薄い皮を脅かす指が物惜しく、身に着けた鎧の硬さが憎く思われるようになった。
だから顎をなぞったあとの舌が私の唇を舐めあげたとき、躊躇いなく口を開けたのだ。
あなたのやりくちは限りなく狂暴で底なしに優しかった。伸暢と収斂を繰り返すうちに現在位置が定かでなくなりあなたと私の概念が溶け合う。目蓋に火花が散る、舌が焼ける、喉の奥底に炎が灯る。噛みついても厭わない今すぐ食い潰して構わないだからこれ以上のものを与えないで直ちに私を奪い去って、でないと薄汚い本心を打ち明けてしまう。
あなたの背に手を添えたい衝動は、肩まで上り来たとき切断された。外気は感情を凍らす。あなたの眼光は冷ややかに黄色い月を浮かべているが、そこに映る私はおかしな色をしていた。冷え切った額が触れ合っている。本来期待した節制を裏切られたいのにあなたの目には理知の翳りが在る。
あなたは最後に唇と唇を軽く当て、
「食べちゃった」
そう言ってきれいに笑うと、私を解放し、獣を全滅させるためにあちこちの呻き声へ走り出した。
そのときだ。私の過去に経験した恐怖の記憶が、情交のように深く情熱的にして恋慕のように甘く絶望的な至上の快楽として、甚だしい痛みと共に、回帰した。



蛍光の縁取りが暗く沈んでいる。自らの姿も捉えられない私があなたの許へ手を伸ばすのを認めてほしいからあなたの寝息が途切れるのを待っている。
窓枠から臨む世界は闇色によどみ陰鬱と曇っている。もう二度と目を覚まさないのだ。
あの日私とあなたが砕いて殺した顔がいかな可能性を指していても私を選んだと、あなたは言った。私は誇らしく、しかし恐ろしかった。
その暴力が私に向けられた日を覚えている。眼孔に指が入ってきたとき、そこから内部を掻き混ぜられたとき、焦げた皮を剥がれたとき、筋繊維を千切られたとき、指が離れていったとき、内腑が踏み潰されたとき、私の体液があなたの足を汚したとき。様々な形になった私のからだを慈母のような腕でかき集め慈しむように喰らったのが、あなた。
最早私はあなたの目に取り殺されることをすら望んでいる。もう一度あの快感を下さい。二度と手を離さないで下さい。私はあなたに添うている。不毛な大地に残されたものを二人でひとつひとつ壊していくと約束した。私はあなたと添い遂げる。
ふと、あなたの小指が動いた。あなたの目覚めの合図だ。
「おはよう、ウリエル」
微笑んだあなたの手に導かれるままに私は頭を垂れた。
あなたの指がこめかみから顎に向かって降りていく。それに合わせて顔を上げると今日初めて窺う眼が胸を突き刺す。灰色の虹彩が蠢いている。堪らず這い寄る私を受け止めるあなたの力のやさしいこと。その腕の美しくしなやかなこと。眩しそうに瞬く睫毛が頬をくすぐる程に愛おしさが押し寄せるようで、私は一層強い力で縋りつく。既に心から酔っている。
暗澹たる闇の射す窓の向こうに一匙青い陰がある。毎日あなたと出会う目覚め。終わらぬ夜は充ちる。
「もうなにもいりません」
私の世界はあなたの目の中にのみ在るのだと漸く気付いたから、いつかふたりきりになったときあなたの最後の食事が最高に美味しく、私の世界の終わりを極彩色の旭光が染め上げるように、今はただ可哀相なこの身が、あなたの好きな味になっていくのを待つだけで。


しばらくかかって2書いたあとおまけ程度に一瞬で書いた1のが長くてつらい
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