チャラナオじゃない。
チャラ男がナオヤさんをあやせない。
アツ主のかほり。
埃っぽい真夏の空虚に不釣り合いな艶めかしい人間が糸の切れた人形のように四肢を投げ出している。
二酸化炭素濃度の高い部屋を嘲笑うかのように空模様清々しく北の窓から青色を覗かせ、窓辺の塵を僅かな日できらきらと光らせる。
一方赤い目は薄墨に陰り、白い肌は薄闇に沈みゆく。
呼吸さえ息苦しく耳鳴も耳障りに倒れ伏した肢体を抑圧する。
音もなく佇む金属の扉は崩れた痩躯を冷たく睥睨する。
ノックの音など聞こえない。元より鍵は掛けていないけれど。
何を期待しているの。
男は低い天井が些か不満だった。
少年は手触りの良いシーツを撫でながら男に手招きをした。
猫のような仕草のあまりの愛らしさに笑みを湛えた男がかがむと、そのこめかみから頬の辺りを手癖で優しく引っかきながら少年は細い喉でこまごまと指示を出した。どの人にああしろとかこれこれが起こるからどうしろとか次はいつ来いとかそういうものだ。
少年は抜け目なかった。いつでも自分が最善を尽くしているように見せた。本当は彼の小指一本で万事がうまく回るのにそれに中々気づかせない。あるときそれを見抜いてしまった男の方も得意な風には感じえずそのままに従い続けた。
さらに少年は抜け目なかった。自らが安定した姿をしているときにのみ来てよいものとその心理は知らせずに言い聞かせた。男は気づいてしまったが、同時にそれは少年が自らに手を施す者の痴態を見せないためでもあるのだともわかった。その思いは裏切れなかった。
襟足を通った指は髪を梳く。男は目をつむって指を感じた。
「ボクにはキミの指がどうしようもなく崇高に思えるな。ねえここから出てボクらを救ってみしてよ。ボクだってきみが必要だよ」
「だめだよ」
「愛してるなんて言われたの?その言葉を信じているの?」
指を止めた。研ぎ澄まされた青い瞳が男の目を捉えて放さない。
「ううん、ただ、」
少年は自らを管理し解明し束縛するためにつけられた何らかの痕やぞんざいな縫い目、埋められた破片、接続された管、色水の入ったビニル、取り巻く筐体、数字を示す機械らを眩しそうに眺めて笑った。
「愛とか云うのは免罪符だよね」
その言葉の振動を未だ耳骨に感じながら、ロキは直哉をぐいと引き上げた。
ロキは白痴のように目を濁らした直哉にそれ以上触れようとはしなかった。その中途半端が直哉を歪めるものの一端とは知らないで目を逸らし、その間赤い目が理知の色で己を見るのにも気づかない。
そしてまた色をなくした目は透き通る瞼の陰に、痛みを感じてしまう理知的な自意識は睫の奥にて息を殺す。
「ごめんねナオヤくん、ごめんね、ごめんなさい」
ロキはまるきり許しを乞うさまで頭を垂れて言った。
かつて自分たちの好きにできたろう少年を取り返すこともできないのだ。
それだけではない。自分が彼の少年の厭うような感情を胸に燻らせていたのが情けなく恥ずかしかった。
「そうか」
直哉は味気ない口振りで言った。
動じない、というよりも、感じないようであった。
暗く冷たく色付いた顔は動かない儘、重い唇をこじ開ける。
「じゃあおまえはいつまで俺の前にいるんだ」
切れ長の眼と薄い唇、シャープな顎と鼻筋のラインがつんとした印象を放つ白い顔が、そう言い放つなりくしゃりと歪んだ。
その豹変にうろたえるロキの指先が衣服の袖に当たっただけで肩をびくりと跳ね上げた。
苦しげにか細い泣き声をあげる喉、顔を行き来する朧な指先が痛々しく、小さなその姿を目にして胸に迫り来る愛しさをどうすることもできないで、しかし今度はゆっくりと、ロキは直哉の指に自分の指を重ねた。
潤んだ赤い目に、彼の少年とは違う不安定に弱々しい悲しみを見た。
直哉は他の気持ちを読み取られる前に紫色のスーツに体重を預け、あきれないでとあえいだ。
「大丈夫だよ。いつでも大丈夫だと言えるぼくでいるからね」
いじらしく問うきみには僕もやさしく答えてあげる、と小さく呟くやあやふやな宵の幕を開けようとする残光を硝子越しに睨んだ。
(きみがぼくのことを思って意志をなくすことなんてあってはならないよ)(ぼくがきみを求めるきもちがきみの意志を奪うことだってあってはならないよ)(なにもかも間違っている)(いつもみたいにぼくを)(ぼくを突っぱねてしまって、)
言いたいことは沢山在れどもただ言葉に出来得ぬのだ。歯を軋らせる。青い少年の影を見てはいけないと自らに言い聞かせても思うようにならない。
頼りない指を埋めることはできても、その指から溢れる気持ちの源泉を塞ぐのは自分ではないのだと、互いの気持ちを打ち明けることもしないで真理のように決め付けた。
ミリアリトル
た。と歯切れ良くおわった。
情景描写したかったけど冒頭だけです。
第三者になりきれない。