「ボクはキミが大好きだけど、ちょっと、ちょっとだけ、」
「…なんでしょう」
「ちょっとだけ、憎たらしい」
いや、それ、こっちが言いたい。
というようなことを告げると、ロキは拗ねたのか知らないが大きな羽根で顔を隠してしまった。
それでもなにか言葉を紡ごうとしていたけれどよくわからなくて、とにかく最近私が羨ましいだか妬ましいだか、そういうことらしい。
ふむ。
なんだか弟を思い出すようなことを言われたなあ、とうっすら考える。
しかしあのロキが弟のようなことを言うのは、なかなか可笑しい。
ロキの方が思慮深くあるはず。
感情をそのまま口走ることなど、普段の彼からすると考えられなかった。
とすると、また悪巧みだろうか。
いやしかし彼がわかりやすい言動などするだろうか。
ふむむ。
真昼の東京の空は信じられないくらい冴え渡っていて、ビルの狭間で空を見上げる私もまた晴れを象徴するような存在だというのに、私の心の内は曇ったまま晴れそうにない。
不明瞭極まりない。
不愉快です。
ロキのくせに。
「アマテラスー!」
耳に飛び込んだ高めな声に振り向くと、普段着にヘッドフォンという出で立ちのあるじが走り寄って来ていた。
「維式…何故こんな所にいるのです」
こちらについたところでアマテラスが声を掛けると、主は応えた。
「え。アマテラス探しにきたんだけど?」
ずっこけるかと思った。
コードや触手の張り巡らされた部屋で沢山の液晶画面に取り囲まれリポD片手にヒイヒイあえぎつつ「あいつめ~自分の仕事まで俺にやらせやがって~」とかうめきながら作業に没頭する篤郎の図がアマテラスの頭の中に展開された。
アマテラスは呆れぎみな微笑で主を見つめたが、この男、確実に視線が読めていない。
まさか魔王一流のシカトだろうかとアマテラスが怪しみ始めたところで視線に気付き、
「言っとくけどアマテラスの方が目立つよ?浮いてる」
と言った。
アマテラスは、意味がちげえよ!と言いたくなるのを我慢して、そのまま会話を続けることにした。
…浮いてると云うのは、慣用的な意味と、物理的な意味を、掛けたのだろうか。
「でも私は裸足です。アスファルトは、些か…」
「じゃあきょうはアマテラスの靴を買いに行こう」
「そんな毎回恒例みたいな」
「アマテラスは悪魔形態のまま服替えてオーラ消したら人間に見えるね」
「はあ」
「そしたら気兼ね無く三人で外をぶらつけるわけだ」
「そんな目論見があったのですか」
「ん。ロキと二人でアマテラスも居たらよかったね。って」
「実行済みですか」
「…あれ、ロキは?一緒にいると踏んでたのに」
維式は周りを見回したのち、アマテラスの袖を掴んだ。
「寂しい」
こんなふうに感情を吐露するなど私の前ではよくあったが、人間の仲間と私の前以外では絶対しないのだとロキから聞かされた。
母か、姉か、それとも兄とでも思っているのだろうか。
直哉は山手線の外へ長い仕事中という。
つまり 、ロキは家族的存在でいたいというわけね。
アマテラスは、ぽーんと、ひらめいた。
けれど家族がいなくてせいせいすることはあれど、寂しいと、簡単に思うだろうか。
そんなふうに考えた。
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