頬を撫でる体温に覚醒した。
いつもはその暖かさに、ほっとするかはっとさせられるのに、どういうことだろう。
今日はとても冷たいのだ。
指は陶器のように、骨は金属のように、爪は刃物のように、頬から顔からこの体から暖を奪っていく。それも早急に。
だのに僕は未だ目を閉じたま、頬にうごめく彼の指先を堪能している。
冷たさに惹かれている。
このまま凍りついてしまえれば、どんなにか幸せだろう。
終わった思想をしていると自覚し、背筋が凍った。
「あなたの全部を手に入れたい。勿論、生も死も、」
低く小さく、彼は呟く。
その上それは狂気染みた、心臓を鷲掴みにするような声なのだ。
口をつぐみ、唇を舐める音がした。
「…けど駄目」
決断はあっさりと下され、彼は優しい声を出す。
「あなたに添いたい。流れる時間を、触れ合える事実を、大切にしたい。慈しみたい」
彼はふふと口端で笑った。
「時間を止めて永遠にしてしまいたいなんて、馬鹿みたいですよね」
彼が僕を抱きしめるので思わず目を開けてしまうと、茶色の瞳に閉じ込められた自分がいた。
「おはようございます」
この季節の優しくぬるい朝日を背景に彼が極上の笑みを浮かべている。
ゆっくりと部屋を侵す、一日の始まりを告げるなまあたたかい空気と埃の香りが肺に溜まる。
ただそれだけの、毎日見ている光景。
逸らせない視線と背中に感じるようやく温もった腕のぬしの認識。
そんな理由で、僕の体温は上がってしまう。
彼がそれを感知したのかはわからないが、顔を寄せて、両目にまっすぐ僕だけを据えて微笑みを崩さない。
金縛りに遭うこっちの気なんて知りもしない。
「おは、ようございます。妹子さん」
返す言葉の震えさえ抑えられない自分に焦れる。
「…合鍵、早速使っちゃいました」
体から離れた彼の手には昨日の別れ際に手渡したこの部屋の合鍵がぶら下がっていた。
だが枕もとの時計を見やるとまだ午前6時だった。なんて奴だ。
「…なにもこんな時間に来なくても、いつでも会えるじゃないですか」
ふと彼の睫毛が目元に影を付けた。
「いま会いたかったんです。どうしても」
彼は言葉を継ぐ。
「…僕はあなたがいないと、どんなときも、寂しいです」
喉が熱く、
目が熱く、
熱に侵されたように頭が曇り、
紛れもなくこの人がいとおしくて、
この人がいつくしむのは自分で、
その事実がむずかゆくて、
顔を見られないように、と言訳しながら重力に逆らって彼の首に腕をまわした。
この人以外の誰が僕をこんなにも無力にさせるだろう。
この人以外の誰が僕をこんなにも夢中にさせるだろう。
この人以外の誰が僕をこんなにも病気にさせるだろう。
スパイダモーニン
頬を撫でる体温に瞑目した。
朝の蜘蛛は吉らしいですね。
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