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2025/04/20  [PR]
 

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あなたに私の秋波が効かないからその手を信じられる。
きめ細かに伏線を巡らしたうそぶきこそが私を痴愚にするから余計なことは言わない。あなたには如何なる技も通用しない。
あなたが誰にも気付かれないほど緩やかに私の手綱を手繰り寄せるから、私も後先考えずその手を取ってしまう。
左に熱を持つあなたの呼吸と拍動が私のもののように感じられる、今、あなたの体温を奪うことはそのまま怒りを買うことだと解っていて考えに入れない自分の意識を笑う。
「寝ていらっしゃるとは」
召喚主に置いて行かれた部屋の隅で、あなたは小さな寝息をたてていた。投げ出された腕は慎ましく五指を揃えている。
手を掬い指を繋ぐ。今ならあなたは自由自在だ。ひどく愉快で寂しい。
「とっとと起きて下さいよ」
私の知らないところでどんな夢を見ていらっしゃるの。ベージュの皮膚の下には何色の血液が通っているの。けれど何ひとつ分からないだけで、あなたに触れるのを躊躇したりしない。
乱暴に指の戒めを解く。私は短気なんだから、早く起きて下さらないと。
「ん、」
身じろいだあなたに向けられた私の目はいかにも物欲しげな色をしているだろう。それでも震える瞼に庇を作って差し上げたい。あなたの掌に収められたい気持ちも本意。
大切なのは宇宙で独りきりになったとき誰に助けを求めるかだ。そのときだけ打算や期待の剥がれ落ちた自身の情操に触れるだろう。年輪を重ねることは心の深層を沈めること。自身を見失うことである。
自分の情に盲従する愚物にはなりたくなかったのに、今は痴れ者と呼ばわれても構わない幼心を持て余している。
理由無き愛の丈が我が身を削り落とすなら尚更あなたを保持したい。
「おはようございます、アクタベ氏」
無防備にしばたかれる睫毛に愛おしさが滲み出る。私は幾百の中より他でもないあなたに選ばれたのだ。まるで違うかたちをしている私が。最も近くに居るわけでもない私が。
「喉が渇いた」
「それならお水をお持ちしましたよ」
あなたは覗き込む恰好の私を押しのけソファから身を起こすとグラスを手にした。喉のかたちに疼く歯を噛み合わせながら頭に添えられたままの掌を不思議に思っていると、ふいに前髪を乱された。
「優一」
触れられた額が、青白く戸惑う。あなたはなぜ頬の筋を緩めたのか。なぜ奇妙な体温で私を凍らすのか。あなたが欲しいのか。惜しい。損ないたくない。多大な愛と膨大な慈しみであなたを受け入れる準備はできているが。
私よ、それは間違いだ。あなたは私を奪うだろう。
目映い掌の陰に一切の慈悲もなく仮借ない速度で私を根刮ぎ剥ぎ取るあなたを見たのだ。それがあなたの笑む所なら、私もこの牙をあなたに突き立てたい気持ちを許そう。これは食欲だ。私はあなたを食べたいのだよ、アクタベ氏!
あなたの繊維を髄を芯を管を血を皮を体液を爪を指を舌を一片も逃さず我がすべての受容器で味わいたい。あなたを構成する全細胞になりたい。
アクタベ、それは素晴らしい記号だ。あなたの名前だけが水底の熱情を照らし出す。
補完も保留も可笑しくて下らない。前人未踏のネクタイの向こう側を踏み躙るのは私だ。
「アクタベ氏、ねえアクタベ氏。そのように触れて、よろしいのですか」
やおら圧迫を強くする手に我が手を重ね置く。
「私の牙は鋭いから、あなたとは加減のレヴェルが違うかもしれませんよ」
私はあなたを愛する。こうやって喜びも優しさも全部掻き混ぜて互いに軋轢する手管をもって。
あなたは虫を踏み潰す子供のようにかわいらしく口をゆがめる。私の笑みも一層深まる。
「加減なんていらないだろ」
噫!愛すべき人、私はむしろあなたを死の淵へ追いやりたいと思う。あなたも私の切望を知ればいいから。
代わりに私もあなたの残虐を認めよう、アクタベ氏。あなたなどがこの私に認めさせることができるならね。



名無しの恋




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