ノックの音が止まらない。
いつもは数分で帰るのに。
ノックの音が止まらない。
僕は部屋の隅で息を殺して小さく縮こまっている。
帰ってください。なんて言ったら確信を与えてしまう。いや、きっと最初から僕が何も言わずに耐えてることに気付いている。
もう来ないでください。とも言えないのに。
もう来るなって言えば、来なくなるかもしれないのに。
結局は我儘だ。
小さい僕の我儘だ。
あなたが、どうしようもない我儘さえ許してくれたから、矮小な僕は今もあなたに期待してしまうの。
愚かだけど。
だからあなたへの背徳感と期待で、毎日ノックを聞き殺す。
ノックの音が止まらない。
最後だと言わんばかりに大きな音が僕を襲う。
もうどうしようもない。
ノックの音が止まらない。
僕は、
ノックの音が止まらない。
明日も、
ノックの音が止まらない。
あなたが来てくれると、
ノックの音が止まる。
「僕は誰も傷つけない僕は誰も待ってない僕は誰も好きじゃない僕は誰もほしくない僕は誰も誰も誰も誰にも」
僕の頭に浮かんだのは、あなたとの、
最後。
「久しぶり!!」
「だ、だいお…?」
「えへへ。うまくピッキングできなくて鍵壊しちゃった~」
「…どうして、」
「どうしてもきみに会いたくて。最初は遠くから見てるだけでよかったんだよ。でも、あんまり、きみが…」
「…泣かないでください」
「ううぅう~」
「よしよし」
「な、なのに、きみ開けてくれないしさああぁー…オレ、外で声かけたりすると、迷惑かと…思っ、てさぁあー…もう、オレなんて、忘れて。要らないのかと、思うくらいさああああーーー」
「ごめんなさい。でも僕、あなたが明日もノックしてくれるかが不安だったんですよ、割と」
「っオレは!今も昔もきみがいれば誰も要らないのー!」
「本当ですか?」
「きみに嘘なんてつかないよ。たまにしか」
「たまにつくのか」
「それで、改めてだけど…好きだ!」
「………」
「あっ、間違えた…。えっと。…は、始めまして」
「……………」
「うあっ!なにその間!呆れてる?呆れてるね!」
「…いえ。……お初にお目にかかります。あなたの秘書を勤めることになる者です」
「お、懐かしいね。私は閻魔大王。きみの名前は?」
「お好みでお呼びください」
「じゃあ明日までに考えるよー。…だっけ?」
「いや、明日までに考えとくね。でしたよ」
「そっかあ…もうずっと昔の会話だよね。…でももうオレはきみをその名前で繋ぐつもりなんかないよ」
「え…」
「きみはもう前と違う。オレなんかの秘書じゃないし。繋がなくたって、きみはどこにも行かないでしょ?」
「だから今、あの名前で呼ばなかったんですね」
「そいで、名前どうするの?」
「お好みでお呼びください」
「明日までに考えとくね」
彼は笑って、僕に抱き付いた。
僕も笑って、彼を抱き締める。
「オレの恋人としての、きみの名前!」
ノックの音は絶えた。
ハッピープロローグ。ハッピーエピローグ。
ていうかはずかしいなこいつら。いつまで青春してんだ。
初めて会ったときの会話を覚えてるとかお互い一目ぼれですか。
なんか若いっていいね。
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