チャラ男視点にしたらなんかもうチャラ男が乙女
イツモノコトーイツモノコトー
きみがマウスをもてあそびながら口端で笑ったのを聞いた拍子に、「あれっ」という感嘆詞に続いて疑問が口をついて出た。
「ボクを、追い出さないんだ?」
地べたに腰を落ち着けているきみに倣ってぼくもしゃがんで顔を近づけてみると、白い睫毛が瞬いた。
きみはすべて見通したような、すました顔で、足元を眺めながら口を開く。
「おまえは俺の邪魔と、手伝いをしに来たんだろう。いつも通り」
目の前が白くなるように思われた。
きみはぼくを、邪魔、ではなく、有用と、遙か先を見据えて言うのだ。手伝うなんて言っていないのに。ぼくがきみに会うためにはそんな大層な理由がいるのかなと思うとなぜだか喉が熱くなった。
きみは中途半端だ。今までもこれからもぼくの行動を中途半端に解釈する。なのに自分を過信している。だからそんな客観的に見せかけた主観的なあて推量を信じ込めるんだ。知りたくない。
「きみはボクに見返りを求めていたんだね」
きみはぼくの言葉に目を上げて、しばらく納得がいかないような理解ができないような顔をしていたけれど、ふいに顔の筋肉を緩めて目を伏せた。それはぼくの言葉を戯れと判断した風だった。
どうして流したりするの。ぼくが笑っていたからだろうか。それは見栄と自嘲からだときみが気づかないのも、過去にふざけ過ぎたぼくのことを知っているからでしょう。そしてまたぼくの言葉は嘘になるんでしょう。そんなのばっかりだ。
でも、問題はない。きみがぼくを欲せども捨て置けども、ぼくのほうはきみの掌を求めている。変わりない。つまり問題はない。時折身を切り刻むような言葉に耐えれば良い。なお問題はない。ぼくはきみの望み通り欲深く狡猾であろう。それが哀しくても、痛い目を見ても、きみのそばにいる分には何ら問題はない。
問題は、ないのだけど。
でもそれは本当じゃないよ。ぼくは邪魔だと思われていた方がうれしいよ。きみの計算に沿うくらいに気儘でいるのにはきみが大切すぎるよ。きみがぼくを拒んでいるのなら従順でいられるのに不思議だな。
きみのきれいな指を見て、一瞬その指に全部こわしてもらいたくなった。横暴であることできみの平穏を保つより、平凡で人間的なぼくをとことんなじって口汚く罵って、知って、受けとめて欲しいと思ったのだ。
きみは今みたいにぼくを近づけるほどに殺していく。それは違うかな、ぼくが勝手に死んでいくだけかな。
きみはなんにも悪くない。それは明確。罪の意識を掻き返しているのだってぼくだ。
だからこそきみの計算した儘に。
きみのうつくしい志向を僅かでもよごさないように。
きみの計算したとおりの気儘と気心を。
そうしてぼくはようやくきみの瞳孔を覗き込める。ぼくのほうはこんなに心乱されているのに、きみの瞼は青ざめて平静を装う。それはきみのせいだけど、ぼくのせいだから何も言えない。
君の思い描く僕からぼくをおいていかないでと言う代わりに、つよく、あの黒い着物の端を、見苦しく縋るように握り締める。きみの指がマウスを離れるのを見た。
互いの認識は変えられない。戯れが本気にすり替わっても気づかない。気づいたところで修正はできない。ぐちゃぐちゃに絡まったいままでのぼくらが関わり合った時間をすっぱり切り取って見えないところに捨ててしまわないと、思いは正しく伝わらない。だけどそんなことは起こりえない。きみは今だって生きている。ぼくはきみと関わり合っていたい。そしてまた壁を積み重ねる。互いを知り合うことは誤解を深めていくことだと知りながら、出鱈目に触れ合う。それだけで胸は軋みながらも満ちていく。
「俺は、」
ぼんやりとした意識の向こうできみが口を開くのを聞いた。
「おまえが裏切ることを知っていて、なのに信じたいと思っている、のかもしれない」
きみはぼくの心持ちの違いを感じ取って迷って、利用しながらもぼくに利用されないように、つまりきみが傷つかないためだけにぼくの心理を決めつけるんだね。知っているよ。でもそれは自分勝手だときみを罵ることはできないね。ずっとふざけてちゃらかして遊んでいたぼくのせいだから。
だから、信じていいよと言いたかった。伝えたかった。叫びたかった。
なのにきみは言葉を継いだ。
「だからこそ俺は愚かなんだ。何によっても救われないのが解っている」
ぼくは黙る。
いっそいらないと言って一思いに殺して欲しい。
ぼくはあくまできみに本当の手を伸ばすことはできない。
きみもわかっている。
黙ると死んじゃう弱い生き物になりたいよ。口を縫いつけたのはきみだよと、だから信じて愛して哀れんでよときみを問い詰めたい。
信じることは救うことではないし、きみは死んでもぼくは死なないし、ぼくらは互いの差異をどうしようもないし、ぼくが今まっとうであるかはぼくにもわからないし、ぼくが口を開けないわけはきみにわかってもらえないし、きみがぼくに本当はなにを望んでいるのか見当もつかないふりをしたいよ。
余計なことは根刮ぎ棄てて、その指の儘によごして欲しい。
それすら言葉にできない。
カナリヤ
イツモノコトーイツモノコトー
きみがマウスをもてあそびながら口端で笑ったのを聞いた拍子に、「あれっ」という感嘆詞に続いて疑問が口をついて出た。
「ボクを、追い出さないんだ?」
地べたに腰を落ち着けているきみに倣ってぼくもしゃがんで顔を近づけてみると、白い睫毛が瞬いた。
きみはすべて見通したような、すました顔で、足元を眺めながら口を開く。
「おまえは俺の邪魔と、手伝いをしに来たんだろう。いつも通り」
目の前が白くなるように思われた。
きみはぼくを、邪魔、ではなく、有用と、遙か先を見据えて言うのだ。手伝うなんて言っていないのに。ぼくがきみに会うためにはそんな大層な理由がいるのかなと思うとなぜだか喉が熱くなった。
きみは中途半端だ。今までもこれからもぼくの行動を中途半端に解釈する。なのに自分を過信している。だからそんな客観的に見せかけた主観的なあて推量を信じ込めるんだ。知りたくない。
「きみはボクに見返りを求めていたんだね」
きみはぼくの言葉に目を上げて、しばらく納得がいかないような理解ができないような顔をしていたけれど、ふいに顔の筋肉を緩めて目を伏せた。それはぼくの言葉を戯れと判断した風だった。
どうして流したりするの。ぼくが笑っていたからだろうか。それは見栄と自嘲からだときみが気づかないのも、過去にふざけ過ぎたぼくのことを知っているからでしょう。そしてまたぼくの言葉は嘘になるんでしょう。そんなのばっかりだ。
でも、問題はない。きみがぼくを欲せども捨て置けども、ぼくのほうはきみの掌を求めている。変わりない。つまり問題はない。時折身を切り刻むような言葉に耐えれば良い。なお問題はない。ぼくはきみの望み通り欲深く狡猾であろう。それが哀しくても、痛い目を見ても、きみのそばにいる分には何ら問題はない。
問題は、ないのだけど。
でもそれは本当じゃないよ。ぼくは邪魔だと思われていた方がうれしいよ。きみの計算に沿うくらいに気儘でいるのにはきみが大切すぎるよ。きみがぼくを拒んでいるのなら従順でいられるのに不思議だな。
きみのきれいな指を見て、一瞬その指に全部こわしてもらいたくなった。横暴であることできみの平穏を保つより、平凡で人間的なぼくをとことんなじって口汚く罵って、知って、受けとめて欲しいと思ったのだ。
きみは今みたいにぼくを近づけるほどに殺していく。それは違うかな、ぼくが勝手に死んでいくだけかな。
きみはなんにも悪くない。それは明確。罪の意識を掻き返しているのだってぼくだ。
だからこそきみの計算した儘に。
きみのうつくしい志向を僅かでもよごさないように。
きみの計算したとおりの気儘と気心を。
そうしてぼくはようやくきみの瞳孔を覗き込める。ぼくのほうはこんなに心乱されているのに、きみの瞼は青ざめて平静を装う。それはきみのせいだけど、ぼくのせいだから何も言えない。
君の思い描く僕からぼくをおいていかないでと言う代わりに、つよく、あの黒い着物の端を、見苦しく縋るように握り締める。きみの指がマウスを離れるのを見た。
互いの認識は変えられない。戯れが本気にすり替わっても気づかない。気づいたところで修正はできない。ぐちゃぐちゃに絡まったいままでのぼくらが関わり合った時間をすっぱり切り取って見えないところに捨ててしまわないと、思いは正しく伝わらない。だけどそんなことは起こりえない。きみは今だって生きている。ぼくはきみと関わり合っていたい。そしてまた壁を積み重ねる。互いを知り合うことは誤解を深めていくことだと知りながら、出鱈目に触れ合う。それだけで胸は軋みながらも満ちていく。
「俺は、」
ぼんやりとした意識の向こうできみが口を開くのを聞いた。
「おまえが裏切ることを知っていて、なのに信じたいと思っている、のかもしれない」
きみはぼくの心持ちの違いを感じ取って迷って、利用しながらもぼくに利用されないように、つまりきみが傷つかないためだけにぼくの心理を決めつけるんだね。知っているよ。でもそれは自分勝手だときみを罵ることはできないね。ずっとふざけてちゃらかして遊んでいたぼくのせいだから。
だから、信じていいよと言いたかった。伝えたかった。叫びたかった。
なのにきみは言葉を継いだ。
「だからこそ俺は愚かなんだ。何によっても救われないのが解っている」
ぼくは黙る。
いっそいらないと言って一思いに殺して欲しい。
ぼくはあくまできみに本当の手を伸ばすことはできない。
きみもわかっている。
黙ると死んじゃう弱い生き物になりたいよ。口を縫いつけたのはきみだよと、だから信じて愛して哀れんでよときみを問い詰めたい。
信じることは救うことではないし、きみは死んでもぼくは死なないし、ぼくらは互いの差異をどうしようもないし、ぼくが今まっとうであるかはぼくにもわからないし、ぼくが口を開けないわけはきみにわかってもらえないし、きみがぼくに本当はなにを望んでいるのか見当もつかないふりをしたいよ。
余計なことは根刮ぎ棄てて、その指の儘によごして欲しい。
それすら言葉にできない。
カナリヤ
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