そこは、分厚い傘の付いたランプがぼんやりと二人分の輪郭を形作るほらは、霞がかった闇が満ちた巨大な一室だった。
「…それで?」
男が尋ねた。
「それで。って、なにが」
魔王が尋ねた。
「いやいやいやそれで終わりじゃないんだよねえ?」
「終わりだよ」
「………」
男は口をぽかんと開けて、呆けた。
「どうした。変な顔して」
男は眉間を手で押さえて、言葉を搾り出した。
「えっと、キミはさ、ボクに負け犬クンを殺していいよって、言いたいのかな?うんわかった今すぐヤッテクルネ」
魔王は、呆れも焦りも表れない、とはいえちょっと面白げに、静かな声で言った。
「今死なせちゃ駄目だって」
僅かな光を帯びた男の目が魔王を見上げた。
「…うん?じゃあやっぱり何かわるだくみがあるんだね。まったく悪い男なんだからアハハ」
男は空笑いして、真剣な表情で魔王を見詰めた。
「なら、今すぐ教えてよ。でないと次負け犬クンに会ったとき、手が滑っちゃう」
「じゃあ、手が滑っちゃうことがないように、教える」
「うん」
男はうつ伏せたまま、一方ベッドの上で足を伸ばした体勢の魔王ににじり寄った。
「さあ!教えてくれたまえ!」
「…あのさ」
「なにかな?」
「これは、普通、逆だろう」
「ボクは逆でもいいよ?」
「………」
魔王は膝の上にある男の上半身を無言で押し退けた。
夕日がビル群の中に落ちていこうとしていた。
そしてそれを見ている少年、青年と呼んでもいいくらいの年だろう人間がいた。
そこはあまり高くも広くもないビルの屋上だった。
ような気がする。
「アツロウ」
呼ばれて振り返ったアツロウが見たのは黒いマントをたなびかせて、今自分と同じ場所に降り立った親友の姿だった。
と、思う。
そしてマントを羽織った親友はすたすたとアツロウに近付いて行った。
夕日で真っ赤に染まる頬に、アツロウの胸に堪えようもない愛しさが込み上げた。
「あのさ、アツロウ。えっと…昨日の告白、ありがとう。…オレなりに、こたえを出したよ」
アツロウはごくりと唾を飲み込み、どう考えても過稼働な心臓を服の上から押さえつけた。
その間も歩を進めるもう一人。
もう逃げ場はない。
アツロウはここへ来てやっと、相手の可愛らしい口からどんな残酷な言葉が飛び出ようと、受け止める決心をにした。
遅すぎ。
そして青い髪を橙色に染めた彼は、アツロウの真ん前。目と鼻の先。睫毛が触れる距離で歩みを止め、
アツロウがまさかと思うのと同時に、くちづけた。
そして一度唇を離し、三白眼とじっとりと視線を絡め合わせてから、もう一度。今度は長い時間、唇を交わしていた。
「………ぐ。………あのヤロ……死…いや、うん、そこまではわかってるって…」
男は魔王と腕が触れ合うようなごく近くで、うつ伏せで悶えていた。
「ところで、ネタばらしの方法って、二種類あるよね」
魔王は言った。
「は…?」
「オレは徐々に明かすのが結構好きなんだけど」
魔王が悪戯に微笑んだので男は怪しんだ。
「うん?」
が、ときめきを禁じ得ぬような気だるい笑みを深くしただけだった。
「最初に驚きポイントを言うとさ、お前がすごくかわいい反応をするのに気付いたのです。封鎖中のことです」
「…かわいいか。そっか。うん。うれし」
爆発しそうな思考回路を隠して男がゆっくり、
「アツロウを孕ませちゃいました」
頷いている途中に頭を金槌で叩かれたような衝撃が降ってきた。
「は…?負け犬クンを孕ませたあ!?」
男は素早く、さっとベッドから起き上がり魔王を見た。
魔王は短く、がっと呻きベッドに仰向けに倒れ込んだ。
魔王が男を見上げる番です。
「かわいいまじかわいい連れ去りたいなんだよそれベル・デルを倒したあ!?に引き続きオレをどうしたいんだ」
「連れ去ってもいいから続きをお願いします」
「うんオッケー。続きはwebで」
「連れ去って!!」
魔王はじっと目を閉じ、そして言った。
「…えっと、孕ませてしまいました」
どうにか普段通りに言いました。
「…そりゃまた、どうやってだい?」
どうにか普段通りに言いました。
「あんまり意識してないし、してほしくもないけど、よく考えるとオレは魔王なんですが、そこで、」
「…意識してるからボクはこんな禁欲的なんだけどな…」
聞き流して魔王は言葉を継ぐ。
「オレの細胞は、体を男女とか自在に作り替えるのも、新たな生命を生み出すのも、できる。実験済み」
「え…実験済みなの?どうしてボクを呼ばなかったんだ特に前者!!」
「聞き流してオレは言葉を継ぐ。 でも生命を他者の体へ移して…なんてことはしてなかった。」
「…あ!」
男は目を見開いて魔王を見た。
「そういうことだ。 オレはキメ顔でそう言った」
「地の文と同化しないでお願いだから…。あのさ、じゃあキミはそういう素敵な因子を負け犬クンに移植したんだね?」
「うん」
「体を女の子にしてしかも子供を宿らせる、偉大な魔王の細胞を。…キスのときに」
「やってることが偉大かどうかはわからないけど、ま、そういうことだよ」
魔王はねっころがった格好のまま指輪をつけた男の左手取りもてあそび始めた。
「待って、じゃあ負け犬の野郎はキミの子を…?」
「それは違う」
指を一本ずつ撫でながら魔王は男に優しく言った。
「じゃあ?」
「精子はアツロウ。卵子はナオヤ。そんな受精卵を体内に流しました」
言うと魔王はぺろりと手の平を舐めた。
「うえ…?ふお…あ、ええええええ」
「流石オレのナオヤだよね。女体化も月経もいとわなかったよ無許可だけど」
「精子は…」
「まあ、まあ、世界の90%は知らなくてもいいことでできてるんだ」
「誰の格言だか知らないけどさあ…なんで…ボクは…そんなことも知らなかったんだ…ナオヤ君までボクをのけ者にして…。くそ負け犬くたばれ負け犬くたばれ」
「さて、アツロウちゃんがんばれ~出産で死んじゃうかもしれないし、一番最高なのは定着せずに死んじゃうことだけど」
「そだね…はあ。あ、そうだ!一番大切なことを聞かなきゃ!」
魔王は優しく指を噛んだ。
「なに?」
「なんでそんな負け犬クンの気持ちを踏みにじるような真似をするんだい?」
「こたえは簡単、」
それから魔王は男の指を一本ずつ舐め、しゃぶり尽くし、甘い唾液でしとどに濡らし、そんなふうにたっぷりと間を置いて、男が質問を忘れた頃にこたえた。
「好きじゃないから。要らないから」
「…………」
「ロキ」
魔王はやっと男の左手を解放し、自由だよと語るみたいに、
「おまえは大切だよ」
そう、囁いた。
魔王は、先程までのだるそうで挑発的な笑みとは打って変わって、花開くように笑いかけた。
そして両腕を広げて男を見詰めた。
図らずも泣きそうになり、男は魔王の腕の中に飛び込んだ。
魔王の戯れ言を未だ信じているだろう少年を、記憶の底に仕舞いこんで。
さりとて一夜妻
チャラ男とはプラトニックだったりせんだろうか。
とか考えてたら書いてるほうが泣けた。とても泣けた。
でもチャラ男と主人公好きすぎてうっかり大量のあほなこと書いちゃってて、しかも後半にいくほどおかしなことに。
おかげでわたしにしてはロングになりました。ちくしょう。
ロキは木原さんの二の舞にならないと信じたいのでしょうか。とにかくそんなかんじ。
負け犬クンは公式です。
そんなあだなもアツロウへの嫉妬にしか見えないのがわたしの悪いところ。
主人公の名前がいい感じに出ませんでした。
個人的な名前はイシキくんですが…いつかはでるかなあ…。
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