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2025/04/20  [PR]
 

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「深端。なんとも恐ろしいことをしでかしたね」
 名前を呼ばれた少年は、そのとき目を覚ました。
「わたし、あなたを怖れているよ。 人間に個体の差はないよね。おびただしい数の人間が五体同じように揃えて生きているね。ならおんなじ構造をしている人間が傷つくのを見て平気だなんて、人間じゃないと思うよ。千切れた管は自分にも。剥がれた皮は自分にも。折れた骨は自分にも。抉れた肉は自分にも。溢れた血は自分にも。ひしゃげた髄は自分にも。すべて備わっているのは自明。自分が傷つくのが怖いなら、人を傷つけることはできないはずでしょ。あなたは痛みを知らない、ひとでなし。
 人を殺すということは、そうでないとできないんだ」
 赤より黒、黒より闇に近い色に包まれて、あどけない少年の顔をした人間は何を思うのか。
 かすかに笑っているような、ちょっと泣きそうな、多少寂しそうな表情をして、朗々とした少女の声に鼓膜を震わせるばかりである。
「そこにある死にきった体こそ、鏡に写ったあなたなんだよ」
 少女がそう叫んだのを受けて少年は床の木目をなぞる目を止め不思議そうに、ゆっくり、まばたきをした。
 そうしてようやく目の前に広がる赤黒い海に見覚えのある手首を眼に映して、地獄を理解した。
 途端凍り付く背筋。喉は声にならぬ恐怖を叫び。引きつった指が空を切り。震えは大袈裟な程に歯を鳴らす。
「なんだよなんだよなんだよ、なんなんだよ」
 少年が崩れるように座り込むと、まだ凝固していなかったのであろう赤血が水音をたてた。
 睥睨の瞳が少年の胸を鋭く貫く。
「自分に、訊いてよ」
 カッターシャツを異常な色に染めた少年は、余りの色に堪えきれず叫び狂い、肉塊の海で溺れたようにもがき狂い、床を掻き狂い、衣を裂き狂い、頭を打ち狂い、目を潰し狂い、指を圧し狂い、皮を剥ぎ狂い、脚を折り狂い、舌を断ち狂い、血を吹き狂い、大いに笑い狂った。
狂気のようになった少年に満足げな少女は、狂おしく情熱的に、稚児のように愛らしく、笑った。

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